2011年04月29日

普通の会社員が民主党公認を得て議員になるまで

初めての選挙戦で当選させていただきました。
今後は、
みなさんのみなさんによるみなさんのための政治家 岡高志として
まっすぐまじめに政治に取組んでまいります。
選挙が終わった今、今までの活動を振り返ってまいります。




普通の会社員が民主党公認を得て議員になるまで



経緯

  1. 子供の成長とともに政治への興味が強まり、地方政治からも社会を変えていけると感じる。

  2. 統一地方選挙が4年に1度で、2011年4月であると知る。

  3. 8年前から居住する大田区での区議選出馬を考える。

  4. 2010年5月 民主党が大田区の区議選候補者を公募していることを知り、応募する。

  5. 2010年7月 民主党の公募で面接に臨む。面接者 松原仁・藤田憲彦・柳ヶ瀬裕文・田中健。面接者はすべて初対面(つまりコネなし)。

  6. 2010年8月 民主党の公募に合格。千束特別出張所管内(北千束・南千束・石川町)を活動地域と申し渡される。(後で調べてわかるのだが、12,000世帯しかいない地域で目標の3,000票を獲得するのは甚だ困難な地盤である。)。

  7. 2010年9月 民主党東京4区支部の党員・サポーター集会で公認候補のお披露目。
    ここで初めて、民主党が大田区全体で15人擁立する事実を知る。(大政党の公認を得たから当選できるとの淡い目論見が消滅した瞬間。)

  8. 松原仁事務所のアドバイスもいただきながら、選挙に向けた戦略を練る。

  9. 街頭活動に向け、写真・ノボリ・配布用ビラを作成。

  10. 2010年10月 戸別訪問開始。(名目は、政党活動。民主党の看板のため、いつも厳しい批判を浴びる。無所属であれば、お会いすることも難しいと考えれば、有り難いご意見である。)

  11. 2010年11月1日 街頭演説デビュー。 これ以降、平日毎朝駅頭での演説を行う。


会社員生活


新卒で信託銀行に入社。初任地が大田区蒲田で、ここから、私と大田区との関係がスタートしました。

信託銀行では、5年間働き、証券会社に転職。大手町のオフィス街でのサラリーマンライフを満喫しました。
その後、外資系投資会社に転職、自由な社風でした。

半個室のようなデスクだったので、出社してるのかどうかわからないので、
朝の駅頭を終えてからコッソリ会社に行くことができました。そうでなければ、選挙活動できなかったかもしれません。
トータルで約12年間の会社勤めをしまして、12月に辞表を提出し、1月いっぱいのお給料をいただきました。
無職・無給期間を2〜4月の3ヶ月におさえることができたので、選挙資金の心配もおさえることができました。

勤務先には、選挙に出馬することは内緒だったのですが、最終出社日に部長から『選挙がんばって!』との言葉をいただきまして、職場環境にたいへん恵まれていたと思います。

そういう意味では 普通の会社員 ではないかもしれませんが、

政治家と付き合いがない という点で、普通の会社員

政治的な労働組合がある会社にはいませんでしたし。



政治活動(選挙戦に入るまでの活動)

街宣
平日朝の駅頭、昼間のスーパー前、住宅地の辻辻で自分の思い・政策を語り、政策資料を配布する。 話していくうちに、自然と内容が整理されてくるのが不思議です。

戸別訪問(名目は政党活動)
地元千束地域の各戸を無差別ピンポン訪問。常に批判にさらされている民主党の肩書で、アポなしで、人様のお宅を訪問するので、反応は芳しくない。 正直、疲れました。
他にも、自分のつながり、親類のつながりを探しては大田区内全域で戸別訪問します。

政策資料
毎朝の駅頭活動で同じビラを配り続けるわけにはいかないので、2週間に1度くらいの頻度で新しいものを発行します。 基本的に自作しています。 そのために、区役所などで情報収集します。

web
公式サイト、ブログ(seesaa、ameblo)、twitter、youtube などで積極的に情報発信。会社を退職するまでは、日中の戸別訪問に時間が割けない分、web構築に重点を置きました。こちらも、公式サイトのレイアウトをお願いした以外は自作です。



選挙活動

街宣
従来通りの街宣を人数を増やして、行います。 実際の選挙戦に入ると、ビラが配布できない。名前のノボリを出せない。といった制約がある上に、名前を売らないと投票してもらいようがないため、どうしても名前の連呼が中心になります。

選挙事務所
特段必要性を感じていませんでしたが、党の先輩の強い勧めで、選挙事務所を開設。 たまたま、大岡山北口商店街の駅に近いいい場所があいていたので、選挙告示の1週間前に契約しました。(つまり、2週間程度の契約期間で事足りました。)
人通りもよいところで、宣伝効果は高かったと思います。

選挙カー
特段必要性を感じていませんでした。 公費負担だからやるべきでない、というのではなく、ただただ住宅地で名前の連呼をしても票にならないだろうと考えていました。
移動用に公費負担でワゴン車を1週間レンタルしました。
せっかく、走るのだからと、少しラッピングして、窓を開けて拡声器から音を出しました。
近所で特殊印刷屋さんをたまたま発見できたことで迅速な対応ができました。

選挙ポスター
日本初 3D選挙ポスター

大勢立候補する大田区議選 せっかく、公費で負担していただきポスターを作るのだから、ポスター本来のしっかり目立って見てもらうという役割を存分に発揮してもらいました。

web
ネット選挙が禁止されているとの流言飛語もございますが、あくまでも1週間の選挙期間中の更新が許されていないだけです。 告示前に十分にwebで情報発信しておいたので、webを通じても岡高志が有権者に伝わったと思います。
選挙期間中にwebの更新をしなければならないとすると、大変です。twitterの画面から離れられなくなるかもしれません。



支援者

自分の思いで立ち上がった選挙戦。 時々、友人に助けてもらいながら、基本的に一人で活動です。 妻でさえも、初めは消極的でしたが、徐々に手伝ってくれて、ママ友にも声をかけていきました。 選挙本番に近付くにつれて、手伝ってくれる仲間も増えて心強かった。

とはいえ、民主党の支援はほとんどなく、組織で戦う既存政党が羨ましかった。


そして、3,114票をいただき当選を果たしました。 やることはやったんだから、当選できると思っていましたが、民主党は15名擁立して 6名のみ当選。(現有も6議席)
民主党への風当たりの強さも感じて、最後まで気を抜けませんでした。


選挙戦を通じて、自分の思い・政策を区民の皆様に訴えていく。もちろん、ご意見もお伺いする。 大変意義の深い活動でした。

posted by 岡高志(大田区議会議員) at 06:01| 政治日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする